よろめく素人の小言。

ふわっと、ふらっと生活を。

彼の中の堤防。

「俺、ケツの堤防ないんですよね...」

 

「は?」

 

職場の喫煙室にて。派遣で来ていた20過ぎの爽やかなイケメンが隣で呟いた。

呟いたというよりは、僕としていた仕事の会話の僅かな沈黙の間に、唐突に切りだした。

彼の指の間では、キャビンローストがゆらゆらと煙を立てていた。

 

(ケツの...堤防...?腹が緩いとか...? …は!まさか、今彼の肛門には津波が押し寄せていて、僕との会話なんかより早く御手洗いに駆け込みたいのを遠回しに…!? なんたる比喩!見事!)

と、一人あたふたしながら改めて彼に聞き直す。

 

「堤防...って?」

恐る恐る問いかけた僕の少し上で、彼は一口煙草を吸ってから答えた。

「堤防...?あぁ、堤防じゃなくて『抵抗』ですよ。気にしないでください、なんでもないですから」

「あぁ!抵抗ね。いや、堤防って聞こえたから腹緩いのかとか要らぬこと思ってたよ」

 

返せ。僕のあの一瞬のあたふたを。

なんてことは思っていても顔に出さずに、僕の指で暇してたハイライトを口元に持ってくる。

 

「すみません。お先に戻ります」

キャビンローストをすっかり灰にしたらしい彼が、そういって喫煙室を出ていった。

 

 

ハイライトが短くなってきた時。ふと、思った。思ってしまった。

「抵抗...ってことはあの時…」

そう、あの時彼は『俺、ケツの抵抗ないんですよね』そういったことになる。否、そういったのだ。

オレ、ケツノテイコウナインデスヨネ。オレ、ケツのテイコウナインデスヨネ。

頭の中で、ぐわんぐわんとその言葉が蠢いている。

 

ミステリー小説の終盤。大事な謎が解けたときのような「はっ!」という感覚を覚えるのとほぼ同時に、背筋に寒気が走った。

 

別に、他人の性的指向をとやかくいうつもりもないが、あのタイミングで大した仲でもない僕にいきなり、自身のケツ抵抗事情をさらけ出してきた彼自身に少し恐怖感ににたものを覚えた。

ケツの堤防も、抵抗もなくていいから、そこのリテラシーの堤防はあってくれ。

 

 

彼は明日も来るだろうか。

少し怖い。

 

そういえば、僕が喫煙室を出てそのまま御手洗いに行くと、丁度すれ違いで個室から例の彼が出てきた。

少し苦し気な顔で腹をさすっていたので、堤防のほうもなかったらしい。

ふぁ。

 

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追記

もうキャビンローストって言わないんだっけ。