よろめく素人の小言。

ふわっと、ふらっと生活を。

春はあけぼの。月と蟹と、カラオケと。

「終わった。終わってしまった」
AM05:48 と表示された時計の液晶を見て、僕は1人で呟いた。

やっと終わった。知り合いから頼まれたHP制作とかいうただ面倒くさい作業が。
僕のここ数日を支配していたこの作業が。やっと終わった。


昨晩、まだ終わらない作業を残したまま、毎夜のごとく酩酊した僕はベットに潜った。だが、理由もわからないままやけに寝付けず、30分ほどでベットから出た。
冷蔵庫から天然水を取り出して、半分ほどを一気に飲んだ。
少しだけ酔いが覚めた気がした。
気がしただけの身体でPCに向かい合った僕は、作業を再開させた。
翌日…つまり今日は休みだったので、朝や、仕事を気にする必要はなかった。自分でも怖いくらいに珍しく黙々と作業をしていた。

閉め切っていないカーテンの隙間から、朝になりきれない空の明かりが差し込んできた頃作業は終わっていた。
「?」自分でも終わったことを事実として受け入れるまで少しばかり時間があった。
2度確認作業をしたが、やはり終わっている。時間を見ると冒頭に書いた時間だった。
灰皿は満腹を通り越していて、今にも腹の中のそれを吐き出しそうだった。

 

おい、石井。終わったぞ。
俺はやったんだァ!

 

そんなことを1人思いながら、ゆっくりと煙草を1本吸った。やけに喉が痛かった。
身体の中にまだアルコールが残ってる感じがした。
煙草を吸い終わる頃に、僕は気づいた。
昨日飲んだ覚えのない缶チューハイが2本机の上に置いてある。
プルタブは綺麗に開けられ、缶を持った時に感じた軽さはそれに中身がないことを表していた。
いつの間にか飲んでいたのだ。作業をしながら。全く、恐ろしいものだ。

 

そんな思いも、作業を終えた開放感やら達成感にすぐにかき消されてしまう。
僕は携帯を開いて、石井くんにラインを送る。
「春はあけぼの やうやう白くなりゆくなり際  僕は制作を終えました。君が僕に渡すと言っていた制作料とか要らないので一杯奢ってください。今日あたりにでも。今日あたりにでも。」
大事なことは2回言った。石井、頼んだぞ。

携帯を閉じてこの後どうしようかと考える。眠気が迫ってくるのは感じたが、やけに寝るのはもったいない気がした。
座椅子の背に体を預け、ぼーっと考えていると、携帯の通知音がなった。
僕が通知音に設定しているVELTPUNCHの造花の街のサビがなった。
その時、ふと「あ、カラオケに行きてぇ」
と思ってしまった。
そして僕はすぐにシャワーを浴び、支度をして最寄りの駅に向かった。1人で寂しいとかそんなことは思わなかった。思いつきもしなかった。
家を出て最寄り駅まで歩く20分ほどの間、頭の中では何を歌うかしか考えていなかった。

 

そして僕は今、ガストにいる。
ガスト。そう、ファミリーレストランガスト。スカイラークグループのガスト。
カラオケじゃない、ガスト。
AM09:42。客席のテーブルに貼られた「パイナップルとマンゴーのトロピカルパンケーキ」とかいう見てるだけで吐き気のするメニューを視界にいれながら、これを書いてる。
何故こんなことになったのか。カラオケは?カラオケはどこに行ったのか。

 

7時すぎに最寄り駅についた僕は、駅すぐ近くのカラオケ屋に向かった。
だが様子がおかしい。シャッターが閉まっている。頭に「?」を浮かべながら店先の看板を見る。

『開業時間 AM09:00~』

馬鹿だった。酷い後悔を覚えながら、「府中駅 カラオケ」で検索をかけたがそこに出てくる店舗はどこも7時すぎにはやっていない。
数ヶ月もカラオケに行っていないと、こうもマヌケなことをしてしまうものなのか。カラオケ離れ怖し。
急に行く宛を見失った僕は、辺りを見渡した。
通りの少し向こうに、ガストの看板があった。
気づいた時には、僕はガストに居た。

 

カラオケが開くまで居よう。位のつもりだった。
喫煙席に座り、メニューを開く。
モーニングメニューを見たときに、胃が食べ物を望んでいるのが分かった。
温玉きのこ雑炊とドリンクバーとサラダを頼んだ。
注文後に咥えた煙草を燻らして終わるころにはもう品物が来た。

案外に量のありそうなそれらに「食えるのか…?」なんて思いながら食べ始める。
少し熱い雑炊や、クセの強いドレッシングのかかったサラダを食べながら、そういえば朝食をちゃんと食べるのなんかそれこそ数ヶ月ぶりじゃないか?なんて考えると、今こうして朝食を食べてる自分が「まともな人間」に思えてきて、気持ちが少し軽くなった。

 

食べ終えると、見計らったように店員が食器を片付けた。
カラオケの開店まではまだ時間がある。
どうしようかと思い、なんとなくメニューを開く。
メニューの裏。右端に写る奴がいた。
僕は何かに操られたように呼び鈴を押した。

 

「お待たせいたしました」
店員の声と共に、テーブルに置かれたスーパードライ
頼んでしまった。

 

今こうして朝食を食べてる自分が「まともな人間」に思えてきて

 

は?ふざけるな。
木曜の朝っぱらから、ガストでビール飲んでるやつがか?「まともな人間?」笑わせるな、数分前の僕よ。
とんだクズ野郎じゃねぇか。
こうして、僕の優雅な朝は未遂に終わり、いつものクソみたいな朝に戻った。

 

カラオケまでの時間を潰すのに、トートバックから読みかけの本を取り出す。
道尾秀介の月と蟹。
ビールの味を舌に感じながら、半分ほどまで読んだそれの世界の中に、僕は静かに入った。ガストで。


そして、読み終わったのが今。
これを書き始めた時からまた少し時間はたって、今は10:32。
この店に入ってからジョッキで3杯アルコールを摂取したことを、透明の筒に入った伝票と、僕の身体の中から湧き出る気持ち悪さが教えてくれている。ご丁寧にありがとう。
もうカラオケは開いてる時間だが、今はカラオケに行く気分ではない。

 

さて、僕は何をしに最寄り駅まできたのでしょうか。

 

僕の頭と心の中は、月と蟹を読み終えた後の釈然としない何かで一杯だ。
最近、道尾秀介の本を読むといつもこの悶々とした何かで覆われる。
笑うハーレキンを読んだあの日以来だ。

 

小説を読んだ後に思う答えなど、小説の真意など、著者しか知りえない。
そして、著者にそれ聞く日など来ないだろうし、聞こうとも思わない。
小説は読み手の自己解決で終わるべきだ。
それが、小説の魅力だ。
だが、僕は今それに悩まされ、誤魔化そうとまたアルコールを注文した。
これを書きながら。ごめんね、お父さんお母さん。

 

頼んだアルコールを飲んだら、適当に家に帰ろう。この文章をあげて眠りにつこう。
夜に石井くんに完成したものの確認がてら1杯奢ってもらうから、それまでには起きよう。
今日は1日アルコールにまみれるみたいだ。

 

ガストの喫煙席の、端っこの席でハイライトに火をつけた。
ソファ席にうなだれて天井を見上げると、汚いのに白い煙が、やけに明るい天井に広がって消えた。


僕の頭の中では、ガドガドの裏の山奥に鎮座する岩の唸り声が鳴り響いている。
耳元では慎一が「この世から消してください」と呟いて、向かいの席で昭三が「けっきょくは、自分に返ってくんだ」と、酷く酩酊した様子で言った。

 

 

 

 

月と蟹 (文春文庫)

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