よろめく素人の小言。

ふわっと、ふらっと生活を。

グランジ

視界に 伝染る 全てが汚く見える。

ずっと前から。多分、小五の冬とか。そんくらいから少しずつ。

「あー、汚れてるな」

って、改めて認識して一層それが強くなったのは中学二年の夏だった気がする。

伝染るもの全てに、視界全てにグランジのフィルターをかけたような。

 

「刑務所の方がマシなんじゃねぇかな」

なんて思いながら寝たり寝なかったりした無機質な建物での二ヶ月。あの時くらいから。

笑い話に出来るか出来ないか微妙なラインの出来事が、僕には多すぎる。非常に面倒くさい。

 

汚く見える。とか、気持ち悪いことを冒頭から書いたけども。

多分それは、汚く見える物や人や景色が汚れてるんじゃなくて、僕自身が酷く汚れてるんだろうな。と。

そう思ったのは高校を辞めた辺りからだろうか。そんくらいだった気がする。

僕が汚れたのは…いつからかは分からないが。

多分生まれた時既にだったんじゃないかな、なんて。

 

僕は、僕自身の脳で処理しきれない問題に対して目を背けてしまいがちな人間だ。だった。

それとなく、理由をつけては、右から左へと、視線をずらしてる。

そんな人間になった理由についても、何もかも、また目を背けるのは簡単といえば簡単だ。

自身の環境とかのせいにしてさ。あながち、間違ってはないとも思うし。

でも、そう出来ることと出来ないこと。していいこととしてはいけないことがある。

 

今。というよりずっとそうだったんだけど。

僕は、僕自身と僕の環境と汚く映る視界と向き合っていかなきゃいけない。

そう思ったのは3月の半ばとか。そんくらいだった気がする。遅すぎたなと。

「人間は一瞬の苦なら耐えれるが、それが一生続くと知ると耐えられない」

これは、僕が昔から思ってること。

だから、自分で死ぬ人間が出てくるんだと思ってる。それは僕もそうだと思うし。

前の記事にもそんなようなことを書いた気がする。けど。

ただ、死ぬ前にやらなきゃいけないことは幾つかある。

やりたい事じゃなくて、やらなきゃいけないこと。

そこを片付けてから死なないとね。

 

 

僕は僕自身のことをよく「屑になりきれない屑」と言う。自虐も皮肉も嫌味も嫌悪も込めて。これはなんとも的を得た言葉だなって。

僕は屑だ。それは環境も人生も生活も人間性も、全てを含めて。僕は屑だ。

でも、屑になりきれていない。

最悪の中途半端だ。

 

毎晩の酩酊と日々のニコチンで環境と憂鬱を誤魔化せるのは一夜だけだ。翌朝身体に残る倦怠感と吐き気とぶり返す憂鬱諸々を音楽で誤魔化す。

音楽の魔法も昔より随分効力を失くしたようで、一曲が終わる間際にその魔法は消えてしまう。

僕の生活全てを頭とかそこら辺に詰め込んで、少しだけ部屋に残して、仕事に行く。往復の間も、仕事の最中も、生活等の打破に頭を使う。

足りない頭で。

最寄り駅につく頃には、気が狂いそうで、全てを押し殺して、清酒に身を委ねる。

家に帰ったら待っているのは好きだった誰かの「おかえり」ではなく、今朝部屋に置いていった見えないゴミが「おかえり」と僕に向けて笑みを浮かべる。

結果は見据えても、経過が思いつかない。

相も変わらず僕の脳みそは欠けてる。過ぎるほどに。

 

形とは別の開示。

贖いは環境での提示で。

 

なんでもない、生活の垂れ流し。

秘密が部屋に流れてる。

好きでしょ?俺も好きなんだ。

 

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僕は、

死にもの狂いで必死に生きてる

って、おかしな話だと言っていたし、今も言ってる。

今僕は、死にもの狂いで必死に死のうとしてる。屑になりきって死のうとしてる。

笑えるでしょ。俺、これでも必死なんだよ。

 

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随分と長い間待たせたそのお詫びに 理想でも土産に持って行こうかい

 

時間は過ぎてくその現実に 眼球をいつまでそらすつもりか 逢えない誰かを想うとは 失念の念を贈ることさ

心で歌うな喉で歌え オンボロになって初めて見える価値 so that's killed me歌うのだ 失望の望を怒鳴るのだ